2025.01.06 08:25一年 歳のせいか、時間の経つのが早い。あっというに年が改まった。人は誰しも、生きていればそれぞれに日々さまざまなことがあるが、その分を割り引いて考えたとしても、昨年は実にジェットコースターに乗ったような一年だった。能登の地震で胸の痛むお正月が過ぎて、間なしにあった古書市で痛めた左肩の腱板断裂がわかったのが2月の始め。3月末に手術を決断、執刀は4ヶ月待ちの7月31日に決まり、肩の痛みをだましだましの憂鬱な日々が始まった。並行して、懸案だったカフェスペースの改装工事の打ち合わせがようやく実現。資材の高騰や人手不足で計画がなかなか進まず一年近くも滞っていたのが、3月に工務店が決まり、とんとん拍子に軌道に乗った。ゴールデンウィーク明けの着工が決まった矢先、以前に本...
2024.11.02 08:55闘病記 気がつけばもうはや11月。みっともなくも、「ここだけの話」がずいぶん長く開店休業状態だった。言い訳がある。 この夏、ひと月ほど入院した。病名は左肩腱板断裂。腱板とは肩甲骨と上腕骨をつなぐ棘上筋(きょくじょうきん)、棘下筋、肩甲下筋、小円筋という4つの筋肉からなる構造体で、これが損傷、つまり切れてしまったわけである。主な原因には転倒や強打などの外傷の他、肩の使いすぎや老化があり、年寄りで古本屋の私は後者にぴったり当てはまる。実は3年ほど前に右肩の大断裂をやっていて、このときは二ヶ月近くも入院した。今回は部分断裂で入院生活はひと月あまりで済んだが、右に続いて左も断裂していると聞いたときには、さすがにへこんだ。執刀医は、内視鏡でボルトを埋め込み糸で筋肉をつ...
2024.07.21 11:45珈琲と本 父は喫茶店に行ってたばこを片手に珈琲を飲みながら新聞を読む、というのが大好きで、近所の店に毎日通っていた。ひとりで過ごすのを至福としていたきらいがあり、あまり誰かがついてくるのを好まなかったが、私が幼い頃は(まだ小学校にあがる前だった)、子守も兼ねていたのだろう、たまに連れて行ってくれることがあった。父が美味しそうに飲む得体の知れない飲み物が不思議で、いちど私も珈琲をねだったことがある。父は、自分はフルーツポンチを頼んで面白そうに私を観察していたが、私がひとくち飲んで顔をしかめると、「換えことしようか」。これが私の珈琲の原体験である。以前に本欄で紹介したように、本に導いてくれたのも父だった(「本の思い出1 読書事始め」2023.10.16)。本のお供...
2024.05.26 08:47初夏 近年は気候が激しく、老骨には少々つらい。おおよそは温暖化傾向にあって陽射しは厳しいのだが、この時節にもかかわらず日によって最高気温が16℃ほどということもあり、身体が追いつかない。それでも植物は季節の動きに敏感で、6月に満開になる白合歓が、花をつけた。 そんなある日、小学校の司書の仕事から帰ると、パートナーが右腕を吊って現れた。「ごめん、骨折した」。雨に濡れたウッドデッキで滑って転んで、右手首を骨折したらしい。合歓がちらほらと花をつけはじめた頃、包帯と添え木がとれた。伝達麻酔(腕だけの麻酔)に日帰り手術、抜糸不要の「溶ける糸」と、医療技術の進歩には舌を巻くが、ここからは地味なリハビリが続く。痛みと可動域の戦いである。浮腫んだ右手が痛々しい。 さて、こ...
2024.04.12 08:52花だより 今年も例年の如く、年度末を伊豆で過ごした。新幹線を三島の駅で降りてまず最初に訪ねたのが、パートナーお気に入りのCrafts & Arts Shop iri (イーリ)。三嶋大社へ向かう途中、白滝公園の手前すぐのところにある。素敵なオーナーさんが温かく迎えて下さって、今年も話が弾む。ペンダントをゲット。変わらない風景やお店が、嬉しい。 ところが、その次に必ず寄るお店が閉店になっていた。昨年の本欄で紹介した、三嶋大社の脇にあるIwase-coffee。昨年の9月にお店を閉じられたようだ。薫り高いコーヒーとフレンチトーストは絶品だった。 今年はソメイヨシノも見逃した。2月にとてつもなく暖かい日があって、このぶんでは3月半ばには開花するのでは、などと予報され...
2024.03.23 07:48早春の東京で 私のパートナーは、実はカンボジア舞踊を習っている。師匠は、カンボジア王立芸術学校でカンボジア古典舞踊を学んだ唯一の日本人舞踊家山中ひとみさんである。パートナーは、山中さん率いるカンボジア舞踊教室SAKARAK(サカラッ)の末席に加えていただいている。年に何度か大阪教室が開かれるが、SAKARAKの拠点は東京だ。舞踊の何かの発表会があるときは、東京に行くことが多い。三月に入って最初の日曜日、青山のカンボジア大使館で文化祭があり、パートナーも踊らせていただいた。文化祭は古典舞踊や民衆舞踊、影絵や民族衣装の紹介など盛りだくさんで、二時間があっという間、楽しいひとときだった。
2024.01.31 13:48年頭にあたって 年が改まって松もとれ、気がつけばもうはや節分、寄る年波か、時間の過ぎるのがどんどんはやくなる。 以前、本欄の「ヴィスナー文庫の一周年」の記事で、義父が肺炎を起こして入院するのに付き添った顛末を紹介した。その義父が旧年十一月、天国に召された。心臓を悪くして倒れ九死に一生を得てから五年、その間二度のコロナ感染や大腿骨骨折を乗り切って、なお矍鑠としていたのだが。一人娘のパートナーの心中、察するに余りある。義父は微笑ましいほど仲良しの夫婦だった義母を十二年前に亡くしていて淋しさの隠せない晩年だったが、義父の亡くなった日は、はからずも義母の誕生日だった。そのことがパートナーにとって、多少なりとも慰めになっていれば、と思う。 しばらく休んでいたお店を再開したのが...
2023.11.19 06:01本の思い出 3 高校生の頃に出会った本 松虫の自宅の前は、小学校の頃はまだ舗装もされず空き地が広がっていて、よく忍者ごっこに興じたものだった(余談。当時、忍者の活躍を描いたテレビドラマ『隠密剣士』が大ヒット。主人公の秋草新太郎を演じたのは、『月光仮面』の大瀬康一さんだったが、子どもたちは皆、牧冬吉さんが演じた伊賀忍者霧の遁兵衛の大ファンだった)。 一方、それに比べて地下鉄の駅のある昭和町は、辺境の松虫に住む者にとっては大都会だった。幼い頃は縁遠かったが、高校生になると毎日のように出没し、当て所なく徘徊するようになった。とりわけ好んで入り浸ったのは、壁一面のステレオシステムとミラーボールが煌めく幻想的な空間が妖しい音楽喫茶BOSTONだった。放課後ともなると、昭和町交差点の角にあった大崎書店...
2023.10.28 07:48本の思い出 2 読書空白期 中学時代は、あまり本を読んだ記憶がない。私の文学的素養の欠如は、おそらくこの時期に起因する。私の読書空白期間である。にもかかわらず、後々まで私に妙に強い印象を残した作品に出会ったのもこの頃だった。そのひとつが、ファーレイ・モウワット『犬になりたくなかった犬』。犬らしからぬ異才を次々と発揮する雑種の駄犬マットが引き起こす数々の騒動を中心に、北米の豊かな自然やおおらかな人間模様を描き出した、著者の少年時代の物語である。誇り高いマットは優等生的な名犬、忠犬ではまったくなく、どこまでも自分本位。ハシゴを上り下りし、スカンクと戦い、防塵ゴーグルをつけて自転車に乗る……次々と紹介される奇想天外なエピソードのなかでも、近所の犬たちとのいざこざを避けるため、猫にだっ...
2023.10.16 08:14本の思い出1 読書事始め 「読書の秋」である。本好きの私は、べつに気候、天候にかかわらず本は読むのだが、なぜかこの季節は無性に本について誰かと語り合いたくなる。 私が生まれる前、我が家は阿倍野区の昭和町というところにあって、なかなかの豪邸だったらしい。その頃父は心斎橋でテーラーロベリアという洋服店を営み、ロベリア提供のラジオ番組を持つほど羽振りが良かった。二つ上の姉は、幼い頃周りからジョーと呼ばれていて、何で女の子がジョーなのか長らく不思議だった。後年、それが「お嬢様」の意だと知った。お屋敷にあって、実業家の若奥様だった母を支えたしっかり者の「お手伝いさん」(疾うに死語で、今でいうメイドあるいは家政婦が近いか)は、戦中から戦後にかけて活躍した美男力士第43代横綱吉葉山にそっく...
2023.10.09 08:24ヴィスナー文庫の一周年 いろいろあって「ここだけの話」をすっかりご無沙汰している間に、当店は密かに一周年を迎えていた。酷暑真っ盛りの7月23日のことである。なにか記念のイベントでもやろうかと、パートナーと話し合ったりしていたのだが、結局準備が間に合わず、500円以上お買い上げごとに百円均一商品を一点ずつプレゼントする、というささやかな企画にとどまった。それでも、いつになくお客さまが来てくださって、そこそこの売上げを残せたのは僥倖だった。日記を見ると、一年前のオープンの日はなんと十二名ものお客さまがあって、おまけに東京からお仕事で来阪中の書評家の杉江松恋氏にお立ち寄りいただいたりしたのだった。お客さまの数も、売上げも、この日がいまなお当店の最高記録である。 さて、この間、「こ...
2023.06.24 08:09あひる図書館 箱形の本棚を借りて自ら選書した本を売る一箱本棚オーナーが集まって、日替わりで店番をしながら運営する協同運営の古書店が、今、全国に広がりつつある。近年では日本有数の古書の町神田神保町にも複数出現しているらしい。本欄で何度も紹介したように、私の古本活動の原点は、そんな一箱本棚オーナー制発祥の古書店「みつばち古書部」(阿倍野区昭和町)である。下町の商店街にある日替わり店主の小さな古書店から始まった活動が全国に広がりつつあると思うと、みつばち古書部に参加できたことが、何やら誇らしい。私が特段、何かをしたわけではないのだが。 さて、そんな一箱本棚オーナー制度を転用した私設図書館が、最近注目を浴びている。みんなの図書館を約めて「みんとしょ」と呼ぶ。焼津の「さんか...