早春の東京で

 私のパートナーは、実はカンボジア舞踊を習っている。師匠は、カンボジア王立芸術学校でカンボジア古典舞踊を学んだ唯一の日本人舞踊家山中ひとみさんである。パートナーは、山中さん率いるカンボジア舞踊教室SAKARAK(サカラッ)の末席に加えていただいている。年に何度か大阪教室が開かれるが、SAKARAKの拠点は東京だ。舞踊の何かの発表会があるときは、東京に行くことが多い。三月に入って最初の日曜日、青山のカンボジア大使館で文化祭があり、パートナーも踊らせていただいた。文化祭は古典舞踊や民衆舞踊、影絵や民族衣装の紹介など盛りだくさんで、二時間があっという間、楽しいひとときだった。

 私の姉夫婦が川崎に住んでいて、上京の折には時間を見つけて会食をする。今回は根津にある串揚げの老舗はん亭に連れて行ってもらった。明治時代に建てられたという総けやき造り木造三階建ての趣ある店内で食べる串揚げは、食べ応え充分ながら、油ものとは思えないほどあっさりしていて、何本でもいけそうなほど美味しかった。まさに、絶品。


 待ち合わせの時間よりずいぶん早く着いたので、マップで古本屋を探したら、不忍通り沿いを中心として、谷中、根津、千駄木(いわゆる谷根千)界隈に結構な数が点在していることがわかった。東京では神保町や高田馬場くらいしか知らなかったので、またひとつ散策するところが見つかって嬉しくなった。じっくり見て歩くにはとても時間が足りず、泣く泣く一軒だけ、はん亭から歩いて1分ほどの距離にあるタナカホンヤさんに寄らせていただいた。とても素敵な空間で、個性的なラインナップの本のなかから、絵本作家安野光雅のファンタジーノベル、急逝で未完になった手塚治虫晩年のエッセイ、幻想的な作風で知られる「大人のための絵本」作家エドワード・ゴーリーが編んだ怪奇小説アンソロジー、国際アンデルセン賞受賞の絵本作家トミー・ウンゲラーの自伝的作品ともいわれる絵本、をゲット。レジで、実は私も大阪で古書店を……と、オーナーにおそるおそるショップカードを差し出したら、歓迎して下さった。もちろん初対面だったが、古本仲間に共通の知人がいることがわかって嬉しくなった。シェア型古書店みつばち古書部でご一緒させていただいている業界の大先輩ますく堂さん。現在は大阪の阿倍野区共立通にお店を構えておられるが、もともと東京の池袋で活動されていたと伺っている。その縁で、いまも東京の古書イベントにしばしば出店されていて、ご一緒されることがあるのだそうだ。

 出会いといえば、商売繁盛を祈念して今宮戎にお参りしてからすぐの一月十五日、長野県白馬村で閉店した書店をリノベ再生し、宿泊施設を併設したシェア型古書店「泊まれる本屋」Re:Public(リパブリック)を共同経営されている田中直史さんが来て下さった。田中さんは、スポーツ、アートのイベントや被災地支援、ローカルデザイン、リノベーションなど多彩な活動をしておられる、魅力的な方である。大阪へは古書店を探索に来られ、居留守文庫で当店のことを聞いて立ち寄って下さったとか。

 こんな出会いがあるのも、ちっぽけではあるけど、古書店をやっているからこそ。こつこつ努力して、少しでも魅力的な場所にできればと思う。

ヴィスナー文庫

時間がゆったりと流れる 公園のそばの癒し空間