ルイス・サッカー 『穴 HOLES』

  懸命に生きているのに何故かツイてない少年スタンリー・イェルナッツ(Stanley Yelnats:前からでも後ろからでも綴りが同じ!?)。ある日の放課後、学校の帰り道で、なぜか頭の上にスニーカーが落ちてきた。その瞬間、古いスニーカーの再利用の方法を研究している父さんの姿が思い浮かんで駆けだしたら、逮捕された。その靴は野球の超有名スター選手のもので、競りにかけてホームレスの援助金にしようと避難所に展示されていたところを盗まれたものだったのだ。必死の弁明もむなしく、裁判官から卑劣と断じられたスタンリーは、無実の罪で更正施設に放り込まれてしまう。送られたのは、カッチカチに干上がった焼ける大地が広がる砂漠のど真ん中にある“グリーン・レイク・キャンプ”。周りにいるのは一癖も二癖もある本物の不良少年たち。そこで命じられたのは、直径1.5m×深さ1.5mの筒状の穴を毎日1つずつ掘る、という過酷な作業だった。何か見つけたら必ず報告するようにと厳命され、来る日も来る日も、炎天下、ひたすら穴を掘り続ける。人格形成のためと称するが、どうやら所長の目的は別の所にあるようだ。そんな毎日が永遠に続くと思われたある日、スタンリーはある出来事をきっかけに、施設から決死の脱出を試みる……。

 ハラハラドキドキの連続の果てに、何とも言えない爽快感が味わえる、全米図書賞、ニューベリー賞受賞のジュブナイル小説の傑作。たとえどんな理不尽なことがあっても、すべてのことに意味があるのだと勇気付けられる、「弱者という立場に追いやられた人間へのエール」(森絵都・文庫版解説)。お人好しで意志の弱い、冴えない一人の少年が、一家代々に連鎖する不幸せの輪を勇気を持ってくぐり抜けていく希望に満ちた成長の物語なのだが、子ども向けだからといってストーリーにご都合主義的な展開はなく、ブラックな部分も容赦なく描かれていて、大人が読んでも飽きさせない。怪しげなキャンプの秘密、胡乱な所長の正体、穴にまつわる謎など、ミステリーの要素も備えていて、一気に読ませる。複雑なパズルのピースの最後の一枚がはまったとき、最後の一手で黒い駒が一斉に裏返って盤面が瞬時に真っ白にかわるオセロゲームの完全勝利のような読後感が味わえる。簡潔でテンポの良い文体と優れた情景描写が秀逸な、まさにお薦めの一作。1998年に刊行され、累計で350万部を越えるベストセラーとなった本作は、日本ではあまり知名度は高くないが、アメリカでは幼少期の必読書になっている。

 2003年に、ディズニー・スタジオで実写映画化された。SF大ヒット映画「トランスフォーマー」の主演や「インディ・ジョーンズ」シリーズのインディの息子役で知られるシャイア・ラブーフがスタンリーを演じたが、アカデミー賞俳優ジョン・ヴォイト(アンジェリーナ・ジョリーの実父)や「エイリアン」シリーズで知られるシガニー・ウィーバーなど脇役陣も豪華。とりわけシガニー・ウィーバーの所長は、ぴったりのはまり役(だと思う)。

 ちなみに本作には『道』という続編があって、スタンリーやキャンプの仲間たちのその後を知ることができる。


ヴィスナー文庫

時間がゆったりと流れる 公園のそばの癒し空間