「いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり」。今話題のドラマ「光る君へ」の主人公紫式部が著した『源氏物語』の冒頭、「光る君誕生」のシーンである。
「女御」「更衣」とは天皇のキサキのことである。天皇のキサキについては、当時の法律(律令の後宮職員令)で皇后・妃・夫人・嬪の四階級が定められ、それぞれ順に一人・二人・三人・四人の定員があった。従って、天皇は、法律上この十人以上のキサキは持てなかった(あくまで定員で、必ず十人を娶らねばならないという訳ではない)。ところが天皇がキサキ以外の女官を見初める「内寵」も現実にはあって、桓武帝や嵯峨帝はことさら内寵が多かった。ややこしくなったので、増えすぎた「脱法」キサキを一括して「女御」とし、なかでも身分の低いものを「更衣」と呼ぶことにした。ただ、女御・更衣所生の子どもたちといえどもみな皇族扱いになるので、誰もが皇位継承権を持ち、生活のために国家予算がつくとなると、何しろ数が多いので困ったことになる。このため、更衣所生の男児には原則として皇位継承権を認めないことにし、できるだけ皇籍離脱させて臣籍に下すようにしたのである。その際、皇族は姓(氏族名・いまの苗字のようなもの)を持たないので臣籍に下すには賜姓する必要があり、血縁の「源」流が皇族であることを示す意味で「源」姓を与えた、というわけだ。
こうした予備知識があると、『源氏物語』の主人公光の君が、母親の桐壺が更衣であるために天皇の子であっても皇位継承権はなく、源姓を賜って臣籍降下した、という背景事情がよくわかる。
平安時代は、よく映画やドラマになる武士の時代と違って視聴者にはあまりお馴染みがなく、どんな時代だったかよく知られていないこともあり、大河ドラマのオンエアにともなって、その手引きとなるような出版物が人気を呼んでいる。今回紹介する本書は、平安時代の政治や社会、文化を理解するうえで、大変優れたお薦めの一冊である。一般読者向けの通史全21巻のうちの一巻で、さまざまな史実や史料が著者の優れた専門的知見に基づいて紐解かれ、平易な文章で時代の特徴を繊細かつ大胆に、わかりやすく描かれていて興味関心を引きつける。なかでも先述したキサキ制度や後宮制度の解説は、本書の白眉である。キサキたちが暮らした建物には七殿五舎があり、それぞれの殿舎に小さな坪庭がしつらえられていて藤・梅・梨・桐などの樹が植えられていたので、それがキサキたちの通称にもなったという話も面白い。なるほど、だから桐壺(坪)だったり藤壺だったり、桐壺更衣に嫉妬する女御は弘徽殿に住んでいたりするのか、というわけだ。
ほかにも、最澄と空海の出会いと別れ、藤原薬子を溺愛した平城天皇の悲劇、官僚たちの生活など、読みどころは枚挙にいとまがない。大河ドラマ「光る君へ」をご覧の際、ぜひお手元に置かれることをお薦めしたい一冊である。
最後に、ちょっとしたクイズをふたつ。
・平安京の位置を白地図に略図で描いてみてください。
・京都の東側を洛東、北側を洛北、京都へ行くことを上洛というのはなぜでしょう。
答は、本書で……。
なお、当店でも源氏物語のささやかな特集コーナーを設けました。よろしければぜひご来店のうえ、お手にとってご覧いただければと思います。
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